faster than fastest #1

 タイプライタが作られて、ぼくらは一本のペンから十本の指を使って文字を書けるようになった。

 コンピュータが発明されて、ぼくらは複雑な計算に頭を使って時間を掛ける必要はなくなった。

 インターネットができて、ぼくらは世界中のあれこれと瞬時に繋がれるようになった。

 ――人類は二千年でここまで進歩した。次の二千年はどんなものになるだろう?

 
 今回のプレイリスト

 新しい技術やモノが生まれる度に、ぼくらの生活は進歩していく。その恩恵は多岐にわたるけど、最初に挙げたやつらに代表されるように、“時間短縮”はとても大きいものじゃないかな。

 電車、車、ATM、洗濯機、食洗器、電子レンジ、電子メール、電話……今身の回りにあるものがなかったら代わりにどうすればいいか、って考えたらゾッとするよね。でも、狩猟採集社会でのんびり暮らすのも悪くはなさそうだね。農耕を始める前は争いもなく平和だったそうじゃないか。

 今や、ぼくらの生活は選択肢と利便性に溢れている。利便性については話した。次は選択肢だ。

 人類が豊かになって進歩していくのに伴って、ありとあらゆる選択肢が増えていく。仕事、食べ物、服、僕たちは何でも好きなものを選べる。――この世界は基本的には資本主義だ。当然それ相応の金が必要になるし、場合によっては地位も必要だ。でもそういう現実的でナンセンスな話はここではナシだ。あくまでもポリティカルに行こう――特に創作物、クリエイティブなコンテンツはあまねく星々の如く存在し、増え続ける一方だ。

 携帯一つあれば、ぼくらは自在に情報を発信できる。その媒体は問われない。ちょっとの知識と技術、想像力さえあればぼくらはやりたいことをやって、それを他人に公開できる。言わば「総クリエイター」時代だ。果たして「ひとつなぎの大秘宝」なるものは存在するだろうか?

 だれもが創作物を発信できるこの時代、ありとあらゆるコンテンツが無限に溢れている。そしてぼくらは容易にその波に溺れることができる。当然、質の良し悪しはある。ただ、言った通り“それら“は無限にある。大衆的に良いとされるものが、きみにとってもそうであるとは限らない。逆も然りだ。誰しもが世界一売れてるあのハンバーガーとあのコーラが一番の好物ってわけではないだろう? もちろん美味いのには変わりないし、何よりもそれを最も愛している、って人もたくさんいるだろうね。

 好きな作家の言葉を少し弄って引用しつつ話そう。『ぼくが望むものを作ってる人はいた。でもその人は、ぼくが望むやり方で作ってはくれなかった。ぼくが望むやり方で作っている人はいた。でもその人は、ぼくが望むものを作ってはいなかった』――今のこの世界なら、きみがそう望むのならば、玉石混淆のコンテンツの海から、きみが本当に求める“それ”を見つけることができる。

 しかし彼はこうも言っていた。『百個に一個しか存在しない“それ”をこの海から見つけ出すより、自分で作ったほうがよっぽど早いじゃないか』――今のこの時代なら、きみがそう臨むのならば、玉石混淆のコンテンツの海に、きみが本当に求めた“それ”を放つことができる。

 つまりぼくらは、ぼくらが求める“それ”を作ることも、見つけることもできる。とても良い時代になったと思うよ、うん。でも、進化に犠牲は付き物だ。時には痛みを伴う。良いことずくめ、ってわけにはいかないんだな。

 どれだけ生活が豊かになっても。あくまでも時間は有限だ。(敢えて誤用をするが)タイムイズマネー、金を積めば時間は買えるけど、それは先に述べたように技術によって何かにかかる時間を短縮した結果できるもので、永遠の命が手に入るわけではない。定められた人生の総和を増やすことはできない。アンチエイジングだの健康食品だのやったって、“そういうことをやったうえでの寿命”がこの世界に筋書きされてるだけで、好きなものを好きなだけ食べて、不規則な生活をしたって、長生きするシナリオが書かれてるやつはそうなるし、ぽっくり死ぬ設定ならすぐ逝くさ。――これ以上はやめておこう。この話も今度しよう。

 時間は限りある。しかしコンテンツに限りはない。その結果どうなったか? ぼくらは次から次へと溢れ出るコンテンツを追い続ける。飛ばし見、高速再生、ながら見、同時視聴。

 そう、“時間短縮”の引鉄を引いたのさ。

 続く


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 コンテンツ消費速度の高速化に伴い、イントロや間奏の長い曲は倦厭される中、この流れに逆らって、一発の矢に賭けるかのように長い間奏を活かした曲調で見事コンテスト一位に輝いた曲です。まさに「一矢報いる」是非”とばさず“に聴いてください。

 洒落です。面白いから見ろ。